第 2 章  ターロ



浅黒い肌、引き締まった筋肉。露わな四肢と胸板に汗が光っています。ターロのダガーがゆっくりと弧を描きました。もう片方のダガーも、今にも振り下ろさんばかりに構えられています。ターロの身のこなしは踊るように優雅でした。白銀の髪を後ろで一本に編みこみ、頬骨の浮き出た顔からはなんの感情も読み取れません。ターロのこめかみには一本の長い傷跡が浮き出ていました。

レゴラスは、自らも両刀を構えて攻撃の糸口となるタイミングを計りました。経験上、レゴラスはこの教師の最初の一撃は電光石火のごとく、予期せぬ瞬間に襲ってくることをよく知っていました。武芸を極めたこのエルフから、ひとすじの汗が腹をつたって流れ落ち、腰布へと消えていくのをレゴラスは目に留めました。レゴラスは足裏にかけた重心をほんのすこしだけ移動させました。

そしてついにその瞬間がやってきました。ターロの攻撃はいつでも突然で、レゴラスは息を止めずにはいられませんでした。2人の剣が打ち鳴らされる音が続きます。鋼と鋼をすり合わせ、同じだけの力でせめぎ合いながらも、この均衡が破れて一方が優勢に立つその瞬間を、2人は互いに待ち構えました。青く研ぎ澄まされた教師の瞳をレゴラスはじっと見すえました。身体が密着し、レゴラスはすぐそばにターロの息遣いと、立ち昇る豊かな大地の香りを感じました。ターロは精悍な、美しい獣のようでした。

「レゴラス」突然ターロが口を開きました。「集中しろ!」ターロの押す力で若いエルフが後方へ飛ばされます。振り向きざまに体勢を立て直そうとするも時すでに遅く、ターロの刃はひゅっという音とともにレゴラスの胸元ぎりぎりに突きつけられていました。「もし私が敵だったとしたら、あなたはいまごろ深手を負うか、死ぬかしている」ターロが言いました。「もう一度、かかってきなさい」

レゴラスは息を切らせながらひざに手をつきました。「ターロ、今日はもう午後一杯やってるんだ。そろそろ休みを入れてもいいとは思わない?」

「休憩が必要と? レゴラス王子」ターロはその美しい顔に冷ややかな笑みを浮かべて、レゴラスのまわりをぐるりと回りました。「私よりずいぶん若いはずなのに、もう疲れたとはね。疲れるならこっちが先の筈だろう」ターロはナイフを鞘に収め、レゴラスに近づきました。ターロの足音が木製の床に響きました。

「ハ! 先生が疲れたところなんて見たことないよ」レゴラスが言いました。「どうしてこんなに鍛える必要があるんだい? まるで戦争にでも送りだされるみたいだね」

「父君からは何も?」ターロが言いました。

レゴラスは首を振りました。

「なら今のところ私から言えることは何もない。言えるとすればスランドュイル王は何かお聞きになった、それだけだ」

ターロがレゴラスの上腕をぐっと掴みます。競走馬でも検分するように何気なく、ターロはその手をレゴラスの胸筋、腹筋へと滑らせます。「悪くはないだろう。数ヶ月前と比べれば、ずいぶん筋肉もついてきた」ターロはこくりと首をかしげました。「見栄えもなかなか。これならエルフ乙女たちもこぞってあなたを求めることうけあいだ。実際そうではないんですか?」

ターロが訓練場の向こうに歩いていき、そこにあったタオルを2枚手に取りました。戻ってくると一枚をレゴラスに投げてよこし、もう一枚で自分の顔をぬぐいました。

3ヶ月前、スランドュイル王は警護隊長であるターロに対してひとつの命令をくだしました。レゴラスとその兄に対する武芸の指導です。武芸に関して自分はこれ以上学ぶことなどない、と思っていたレゴラスは、最初、父王のこの命令に気を悪くしていました。しかしこの武技教師、ターロとの稽古一回で、レゴラスは自分のそんな考えが思い上がりだったことに気づかざるを得ませんでした。以降、レゴラスは毎日ターロとの訓練に励んでいました。あらゆる種類の武具を使った戦闘法、そして1対1の格闘。日々の稽古でレゴラスは体じゅうが筋肉痛になったものの、それでもターロとの訓練にレゴラスは不思議と高揚するものを感じていたのです。この年上のエルフのたたずまいにレゴラスはすっかり感服しており、彼とともに稽古していると今までに感じたことのない不思議なスリルが感じられるのでした。

「もう終わってもいいですか?」レゴラスはナイフを置いて、タオルで顔を拭きました。「僕を待つ美人エルフがいるらしいから探しにいかなくっちゃ」レゴラスがにっこり笑って言いました。

ターロはそんなレゴラスをじっと見つめています。「いや。まだだ。今日は別の教えを指導しましょう」ターロが言いました。「あなたはまだナイフの刃を怖がってる、でしょう?」

「それはもう」レゴラスが笑います。「ほら、これは先生が先週やってくれたやつ」レゴラスはそう言うと、ターロに上腕の薄いかさぶたを見せました。

「動作にスピードが足りないからです。あとほんの少しだけ動きが鈍ければ、これよりもっと深く刃が入った。そしたらこれは傷跡になったでしょうね」唇の端を上げてターロが笑います。

レゴラスはターロの額にある長く白い傷跡をいま一度見やりました。この武技教師にとって、額の傷跡は勲章のようなものでした。王子は自分にもひとつやふたつ、こんな傷があっても悪くないと思いました。

「本当に稽古が楽しいんだな、ターロは」レゴラスが言いました。

ターロの顔には舐めるような薄笑いが浮かびます。「私の楽しみですって? スランドュイルの息子よ、あなたはなんにもわかっちゃいないな。これは真面目な訓練だってことを忘れてもらっては困る。今まで楽に過ごしてきた分は私がしっかり引き締めないと。それが私の義務だからね」

「ターロ先生は大変熱心にやってくれてるって父上に言っておくよ。それで? どうするんだい?」

「痛みと快感のあいだに線を引く」

「よくわからないけどなんだか怖そうだ」

「きっと気に入る。大丈夫」ターロはそう約束すると、訓練場の扉に歩いて行き、そこに錠をかけました。そして戸棚に向かうと油の入った壜を取り出します。「腰布を取れ」レゴラスのほうを見るでもなくターロが言いました。

「えっ?」

「すぐ動け!」ターロが怒鳴ります。

レゴラスはかがんで腰布の結び目をほどき、床に落としました。一糸まとわぬ姿でそこに立っていると、恥ずかしい気持ちと興奮とが同時に襲ってきました。先生の目の前で自分の体の一部が気まずいことになったらどうしよう。どうかそんなことにはなりませんように、と一生懸命祈りながら、なぜ腰布を取る必要があるんだろう? とレゴラスは不思議に思いました。目の前のエルフはさっき、苦痛と快感のあいだに線を引く、そう言いました。レゴラスの胸は不安におののきました。

ターロは戻ってくるとじろりとレゴラスを一瞥し、手にとろりとした液体を取って、両手をすり合わせました。それからもうひとたらし。ターロはレゴラスの背後に立つと、レゴラスの首と肩にオイルを塗りこみはじめました。肩から背中、そして臀部。しゅっしゅっとオイルを塗りこむターロの手のひらの感触が張った筋肉に心地よく、レゴラスはその力強い手の動きにいつしか身を預けました。

「よろしい。リラックスできたな」今度はターロはレゴラスの前に立ちました。オイルを塗りこむ手のひらは胸から下腹部へと進みます。やがてターロの手がレゴラスのものにふれると、王子の体がびくりと震えました。

「その反応を制御できなくてはいけない。王子。でなければ痛い結果が待っている」

「いったい何するの、ターロ」

「せっかちな。父王からは忍耐は美徳だと教わらなかったですか?」

レゴラスが笑みをこぼしました。「たとえ父さんがそう言ったとしても、あの人自身いいお手本とはいえないからね。それに僕は父さん似だって、よく言われるんだ」

レゴラスの言葉にターロも笑うと、タオルで手を拭いて、さまざまな種類のナイフが入った布の包みを開きました。その様子を眼にしてレゴラスはますます不安がつのりました。ターロは木製の柄のナイフを手に取って、その刃を試すように腕に滑らせています。

ターロがゆっくりとレゴラスに近づいて言いました。「壁に背をつけていたほうがいいだろう」

「えっ?」

ターロの腕が獲物に襲いかかる蛇のように、レゴラスの胸部をとらえました。次の瞬間レゴラスの体は壁へと打ち付けられていました。突然のことに驚いたレゴラスが我に返ると、この武技教師は全身で自分を壁に押し付けています。

「命令には即座に反応しろ!」

はい、とうなずきつつ、下半身に血流が集まってきたのを感じて、レゴラスは顔が赤くなりました。ターロのからだはあたたかくてよい香りがします。押し付けられているターロの下腹部がわずかに動きました。腰布を通してこすりあわされるターロ自身が感じられ、レゴラス自身もつられてぴくっと動きます。神様! これはどういう意味? ターロが僕を誘惑してる? こんなことさせてしまっていいんだろうか? 不安と興奮が同時にレゴラスを襲います。

「王子。自尊心は捨てなさい。あなたに足りていないのは気合だ。真の戦士とは常に謙虚であるべきもの、命令を受けたら即座に服従するものだ」武技教師のエルフは一歩後ろにさがって、手に持ったナイフをレゴラスの眼前でひらめかせました。美しく研がれたその刀身は、岩屋の天窓から差し込む光を反射してきらりと光りました。

「この訓練は『戦士の愛撫』と呼ばれている」ターロが続けます。「集中力を高めるために行なうものだ。動いたら刃があたって切れるからな」ターロの頬がふっと緩みました。「そんなに怯えなくても大丈夫。もし途中でどうしても耐えられなくなったら言いなさい」

レゴラスは、はいとうなずきました。息が止まりそうでした。ナイフが肩に触れると、その刃は羽がなぞるように滑りはじめます。レゴラスの心臓は早鐘を打ちました。「痛感と快感と、この2つのあいだにはその感覚を区別する線がある」エルフは続けます。「この境界線を動かすのは一般に思われているほど難しいことではない。意志の力で、痛みを快感に、快感を痛みへと変えることができる」レゴラスの胸筋にナイフが下りてくると、武技教師は突然、レゴラスの右の乳首を強くひねりました。あっと声が出て、王子の体が跳ね上がりました。同時にレゴラスの胸の上を鋭い痛みが走ります。左の乳首の上が切れ、そこから血がにじみでました。ターロは何ごともなかったかのようにまたナイフを滑らせはじめました。王子の足はかくかくと震えだしました。

「痛い?」武技教師は手の動きを止めずに聞きました。

「だ、大丈夫」刺すような痛みをがまんして、レゴラスはそう答えました。

ターロがまたレゴラスの乳首をぎゅっとつねりました。

「ああっ!」今度はなんとか体の動きは抑えられました。しかしやっぱり声が出てしまいました。

「王子。嘘はよくない。痛いですか?」

「ああヴァラよ! 痛いさ、ターロ」

「それでよろしい。では今度はその痛みに気持ちを集中させ、体の力を抜きなさい。痛みに気持ちをなじませるようにして」

レゴラスは脈打つ傷に心を集中させ、それからその痛みの感覚に明るいイメージを同調させていきました。すると燃えるような傷の痛みが徐々に薄らいでいきました。

「そう、その調子」ターロのナイフは王子のわき腹、みぞおちを滑り、下腹に至りました。ターロのナイフが下にいくにつれ、レゴラスは自分のものが段々堅くなっていくのを感じました。

「ターロ、あ、あの ……」ナイフの刃先がレゴラスの玉の横をなぶるようになぞりあげます。武技教師の顔はレゴラス自身のすぐ脇にありました。

「終了ですか?」上目遣いで見上げるターロの顔には笑みが浮かんでいます。「もし我慢できないのならここでやめてもいい」

体が緊張し、必死で動かないようにしているのに震えが止まりません。先ほどの傷は肌にひりひりと痛みます。武技教師がレゴラスのものにふっと息を吹きかけました。それはたいへんエロティックな感触で、恐ろしいことにレゴラスのペニスは本人の意図に反して、ゆっくりとその頭をもたげ始めました。

レゴラスは顔が真っ赤になったのがわかりました。「い、いえ、そうじゃなくて、あの …… 体が勝手に、反応して ……」

ターロはレゴラスのペニスを一瞥すると、下からレゴラスの顔を見上げてきます。「真の戦士なら(やいば)に情熱を傾けるのは当然の事。戦士らしい反応だ」ターロの声のトーンが柔らかくなりました。「レゴラス」ターロが言いました。「あなたは素晴らしい生徒です。痛みだけではなく、快感についても学びたくはありませんか?」

「快感って」レゴラスは戸惑いながら聞き返しました。「…… どういう意味?」

「愛しいレゴラス、どういう意味か、わかるだろう?」ターロの片手がレゴラス王子の内股に差し込まれました。もう一方の手に持つナイフの動きは止まりません。レゴラスの玉袋にターロが触れ、そっとそれを手のひらで包むようにすると、レゴラス王子からあっと声が漏れました。いまやレゴラスのものはすっかり勃ち上がってしまいました。

「ターロ、僕まだ ……」レゴラス王子が言いかけました。

「まだ男性とはしたことがない?」武技教師が訊ねます。

「うん」

「だから? それが何か問題ですか? もし問題なら今、ここで私を止めるといい」

レゴラスは少し考えてから、すぅっと息を吸いました。「やめないで」

ナイフはまだレゴラスの腿のあたりをさまよっています。ターロはもう片方の手でレゴラスの棹を握ると、ゆっくりとしごきはじめました。目の前のその様子にレゴラスは目を奪われました。ものすごい快感でした。

ターロは顔を近づけると、レゴラスの棹の先端を舌でぐるりと舐め上げてから全体を咥内に取り込みました。レゴラスはひっと息を呑んで、壁に背中を押し付けました。

レゴラスから離れてターロが言います。「こうされるのは好き?」

「…… うん」吐息も荒くレゴラスが答えました。

「ナイフの刃をまだ当てている。動かないように」ターロはそう言うと、レゴラスの棹に横側から唇を沿わせ、歯を立てて全体を軽く噛むようにしました。それから全体をほおばると、舌を使って咥えた頭を上下させました。

快感でレゴラスの頭はくらくらしてきました。ナイフの切っ先は太腿に押し付けられたままで、その危険が興奮をいや増していました。レゴラスが喘ぎ、ターロのペースが早まりました。レゴラスは緊張が高まり、解放の時が近づくのを感じました。腰を前に突き出して脚をふんばり、よろけないようターロの肩に掴まっていると、やがてレゴラスはあっと声をあげて、この武技教師の口に精を放ちました。

王子の下半身を愉悦の流れが通り過ぎるなか、ターロは放たれたものを全部飲み干して、唇で優しく愛撫を続けました。ようやく唇を離すと武技教師はナイフを置き、その鍛えぬいた肉体をぴったりとレゴラスに添わせるようにして立ち上がりました。レゴラスがため息を漏らしました。

「いまのは良かった?」王子の喉元に舌を這わせながらターロが聞きました。

「神よ許したまえ。でもすごくよかった」レゴラスはそう答え、自分も気づかないうちにこの教師へと腰を押し付けました。

「もっと欲しい?」

「もっと?」

「まだ稽古は終わっていない、可愛いレゴラス」そう言うと、ターロは自分の唇をレゴラスに押し付けました。レゴラスがためらいがちにその口づけを返すと、ターロの口づけは勢いを増し、それから誘うようにターロの口が開かれました。ターロの温かい舌先がレゴラスの舌に触れました。ターロの口づけは甘く、塩の味がしました。もう降伏するほかありませんでした。レゴラスは瞼をとじて、この武技教師に身を任せました。

「そう」ターロが言いました。「私に全部、まかせるといい」武技教師は手を下に伸ばし、レゴラス王子の柔らかくなったペニスを手のひらにそっと包みました。「私の王子。あなたはとても美しい。この数ヶ月間、私はずっとこうしたかった。でもそんな感情は抑えるつもりでいたのです。気づいたかどうかわかりませんが、今日あなたもこうしたいと思ってることが確認できた。こうなって、後悔していますか?」

「ううん」レゴラスは息を吐きながら言いました。「ただ、まだこれが現実だって信じられない」

「私を信じて」ターロは言いました。「さっきも言ったように、痛みと快感の境界線はコントロールできる。四つん這いになって」

レゴラスがひざをつき肩越しに振り返ってみると、ターロは自分の腰布をほどいて床に落とすところでした。ターロの男根は天を仰ぎそそり立っています。武技教師が壜をとり、しごきたてるようにその屹立にオイルを塗りつけると、レゴラスは眼を見開きました。ターロがひざまづいてレゴラスの尻にオイルをかけます。割れ目に油がしたたり落ちる冷たい感覚に、レゴラスはざわりと身を震わせました。指が一本レゴラスの窪みを探ったかと思うと、つぷりと穴に差し込まれました。その指はゆっくりとレゴラスの内側をかきまぜます。ひりつく感触は思ったより不快ではありませんでした。ターロの指が2本に増やされました。今度はそこがずきっと痛み、レゴラスは歯を食いしばりました。

「体が緊張している。力を抜いて」ターロが言います。「一気に入れてしまうよりいい方法はないぞ」

武技教師がレゴラスの尻を掴んで腰を押し付けました。指よりも太く大きい、ぬるりとしたなにかがレゴラスの窪みに押し当てられます。ああ神様! レゴラス王子が神に祈っていると、次の瞬間、オイルでぬめったターロの長い男根が、根元までひと息にレゴラスの穴に押し込まれました。レゴラスは息が止まりました。痛みは強烈でした。レゴラスは悲鳴を上げ、逃げるように体をよじらせました。しかしターロは両腕でレゴラスの胸のあたりをがっちりと押さえこみました。

「今、痛いだろう」ターロは言いました。「力を抜いて、痛みに体をなじませろ。苦痛を快感に変えるんだ」

「ああっ、む、無理だ、無理です!」レゴラスは叫びました。「あぁヴァラよ! 痛い!」

ターロがレゴラスのなかから自身を半分引き抜くと、またずぶりと奥まで突き入れます。「それでも拳と鋼で鍛えてきた戦士か? 意思を強く持って痛みなど追いやってしまえ。さあ!」

もう一度ターロが奥まで突き入れると、今度は快感がレゴラスの身体を突き抜けました。レゴラスのうめき声は嬌声に変わりました。

「ああ、いまのがよかったのか?」ターロが聞いています。「つぎはこれだ」レゴラスの体の中をもう一度、甘い衝撃が駆け抜けます。痛みは薄れ始めました。

「あぁ、ターロ・・いい」

「もっと、して欲しい?」

「あ…… も、もっと」レゴラスは絞りだすような声で言いました。「あぁヴァラよ、もっと!」

武技教師の腰の動きが早まり、やがてその律動は段々と力強さを増していきました。ターロに最奥を突き上げられるたび、王子の体を甘美な衝撃が襲います。腰全体を快感が包みこみ、レゴラスのものはまた勃ち上がりはじめました。ターロの手が前に伸びると、レゴラスのものを握って上下にしごきはじめました。

「あああっ!」ほどなくレゴラスから2度目の白濁が迸りました。ターロはしばし激しく腰を打ちつけたかと思うと、やがて大きなうめき声を上げて自身も放埓のときを迎えました。それはレゴラスが初めて耳にする、ターロの快感の声でした。ターロはゆっくりと何度か抜き差しすると、レゴラスの奥深くでその動きを止めました。それから一呼吸置くと、ターロのものはずるりと引き抜かれ、レゴラスの体はマットの上に崩れおちました。ターロはレゴラスの背中をやさしく撫でながら隣に横たわりました。

「後悔してる?」ターロが聞きます。レゴラスはターロの、抜けるように青いその瞳をじっと見つめました。

レゴラスはにっこりとほほ笑みました。恥ずかしそうに手を伸ばし、教師の体に腕をまきつけます。「今日の稽古はあまりいい出来じゃなかったと思う」レゴラスがそう言うと、ターロの目はなにか問いたげにレゴラスを見ました。レゴラスはそれを見てぷっと吹き出しました。「だからもっとたくさん練習が必要かな」

ターロはそれを聞いて笑いだしました。それから身を寄せて、優しくレゴラスに口付けました。


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この出来事のあと数ヶ月、レゴラスとターロの武技訓練にはいっそう熱が込もるようになりました。稽古の場所として、2人は人目につかない森の空き地によく出かけるようになりました。稽古のあとには、武技教師は王子に情熱の道を教えるのが常でした。

ある朝、いつもより一層激しく愛し合った後のことです。レゴラスは裸のターロの胸に頭を預け、さわさわと鳴る梢の音を聞きながら、肌にこぼれる光の模様をじっと見つめていました。武技教師がレゴラスの顔からそっと髪の毛を払い除けています。

「ターロ」レゴラスが言いました。

「どうしました? 愛しい君」

「ターロは …… 僕のことすき?」

「もちろんですよ」

「そうじゃない、本当に好きかってこと」レゴラスは体を起こし、教師の目をじっと見つめました。

「私ごときが恐れ多くも王の御子と恋愛なんて …… 思ってもないことです」ターロはレゴラスから目を逸らしました。

「ターロ、これは命令だ、僕の質問に答えてよ」レゴラス王子が語気を強めました。

武技教師は視線を戻すと、弟子の瞳を深い眼差しでじっと見つめました。「思っても見なかったことですが …… 私は本当にあなたのことが好きですよ」

「僕を愛してる?」

「レゴラス ……」

「言って!」

「レゴラス、あなたはもっと慎重に自分の心を守らなくてはいけない。あなたと私のあいだに『愛し合う』ということはありえないし、それに、わたしはあなたが傷つく姿をみたくない」そう言うターロの表情には苦い笑いが浮かびました。「心の傷は、体の傷などより治るのに時間がかかるものだから」

「こうして2人一緒にいられるのが幸せだって感じるんだ」レゴラスが言いました。

そのとき、藪の向こうの離れた場所で、ぱきりと小枝の折れる音が聞こえました。

「誰だ?」ターロは身を起こし、耳をそばだてながら誰何(すいか)しました。上天で、切り裂くように鷹が一声、鳴きました。レゴラスの耳にはその鳴き声以外、なにも聞こえませんでした。


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その2日後のことでした。稽古にあらわれたターロの隣には、スランドュイル王警備隊の一人の姿がありました。武技教師の表情は硬く、それでもレゴラスの姿を目にすると、険しい目元がわずかにやわらぎました。

「友よ、今日の稽古は中止だ」彼は言いました。「今日だけでなく、明日も」

「どうして?」レゴラスが聞きます。横に立つトゥリンにレゴラスは冷ややかな目線を投げました。「トゥリン、下がってよろしい」

「立ち会うようにとの父君のご命令です」王の警備兵は居心地悪そうに答えました。

「だったら僕なんかの命令は無視して、その口を閉じていればいいだろう!」レゴラスはぴしゃりとそう言うと、今度はターロを抱きしめようと手を前に伸ばしました。が、武技教師はすっとうしろに下がります。

「王子、お許しを。王命によりロスロリエンに行くことになりました。ケレボルンのところの戦士を指導するのです」

「いつ発つの?」

「すぐに」ターロが言いました。

「いつ戻れるの?」レゴラスは絶望的な面持ちで聞きました。

「今のところ、わかりません。」ターロが言います。

「父さんにばれたの? そうだろう!」レゴラスが叫びました。

ターロがちらっとトゥリンを見やります。「己の職務と立場をわきまえるよう、言われました」

「僕から父さんに話をする。訓練はまだ終わってないって、そう言う。だってターロ、僕に教えることがまだたくさんあるでしょう?」

「それはもう」ターロはうっすらとほほ笑みを浮かべて言いました。「しかしもう、私の力の及ぶところではありません」

「だめ、だめだよターロ」レゴラスはそう叫ぶと激しく教師の胸を叩きました。ターロはそのレゴラスの拳をやすやすと受け止めました。

「申し訳ありません、わが王子。いつの日かまた会いましょう。私が教えたことを忘れないように」

「忘れないよ」レゴラスが涙声で言いました。ターロはレゴラスを一回ぎゅっと抱きしめ、身を離そうとしましたが、レゴラスはターロにしがみつき離れません。

「痛みと快感のあいだの境界線について話したことがあったでしょう?」レゴラスの耳元でターロがささやきました。「今こそあの教えを実践するときです」ターロはそう言ってレゴラスにキスすると、しがみつくレゴラスを引き離し、腕をぐっと握りました。「あなたは素晴らしい生徒だった。トップクラスですよ」ターロはレゴラスにほほ笑みを向けると、それからくるりと踵を返し、去っていきました。

トゥリンはきまり悪そうにレゴラスをちらりと見たあと、ターロと一緒にその場を去りました。

去ってゆくターロの背中を見送っていると、レゴラスの胸は怒りに震えました。父さんはいまどこにいるんだろう? 今度の王命については、レゴラスは父にひとことぶつけてやらないと気がすみませんでした。王宮の曲がりくねった回廊をレゴラスは足早に通り抜けました。父王の書斎の扉の前で、レゴラスはタラガン、父王の侍従長に鉢合わせました。

「王はどこ?」有無をいわさぬ調子でレゴラスは訊ねました。

「こちら、書斎におられます。邪魔しないようにと言い付かっておりますが …… 何かご用がおありですか?」

「父さんがターロをロスロリエンに送ったって、知ってる?」

「…… ええ」王子の問いにタラガンは慎重に答えました。

「どうして王がわざわざそんな命令を下すんだ? 戦闘訓練の成果がやっと出始めたところだったのに!」

「レゴラス王子。森の空き地にはよく稽古にいらしたのですか?」侍従長は慎重に言葉を選びました。

「ああ、天気のいい日はね」

「ターロの訓練のやり方が誰かの目に入って、父君が報告を受けた、そして父君はそれを好ましくないと判断された …… そうお考えになったことは?」

「いったい誰がそんな …… 密告をするんだ? --- お前なのか?」レゴラスが拳を震わせました。

タラガンが後じさりました。「そうではありません。ですが王子、もし私が貴方のお立場だとしたら、今回のことはこのまま王のご判断に委ねて ……」

「そんなこと、できるわけないじゃないか!」レゴラスはそう叫ぶと扉を開けて書斎に入り、後手に扉をばたんと閉めました。すぐに怒鳴りあいが始まりました。タラガンはため息をつきました。

使者がやってきてタラガンに敬礼しました。「侍従長殿、ドワーフ王ナインU世と、供の一行が到着いたしました」

書斎から聞こえる怒鳴りあいは次第に大きくなり、何かががしゃんと割れる音も聞こえます。使者がいぶかしげに首をかしげました。

「そうか、では王にしかるべく伝えよう …… もう少し後になったらな」タラガンが言いました。






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