第 3 章  歓 待




「タラガン……王宮中がドワーフ臭いぞ。あの忌々しいナインの一行がきて、今日でいったい何日だ?」スランドュイルがその場を行ったり来たりしはじめました。侍従長は王の背後を器用についてまわってケープのひだを整えています。スランドュイルがじっとしていないのでタラガンは思わず舌を打ちました。

「……そうですね、2週間は超えましたでしょうか」タラガンが答えました。「殿、じっとしていただけるとありがたいのですが……」

「あやつらとの宴会はもう一日たりとも我慢ならんのだ!」スランドュイル王がうなりました。「たかだかドワーフ20数人ごときだというのに、いったいどうやったらあんな大量の食事を腹に詰め込めるんだろうな? 腹をすかせたねずみじゃあるまいに、闇の森の食料倉庫を空っぽにする気としか思えんぞ。食う肉の補充にはまた狩の部隊を出してやらねばならんし、いいワインだってもう底をつく勢いだ。歌はつまらん、冗談は笑えん、それにあの最悪のテーブルマナーときたら ……。大体だな、いったいいつからドワーフをもてなすと、感謝の意のかわりにげっぷを返されるようになったんだ? ドワーフどもにあんな習慣があったとは、聞いておらんぞ! おまけにナインのやつときたら、そもそも何故ここにやって来たのか、いまだに明かそうとせん。そのくせ闇の森の戦士たちの技量や軍備のこととなると、実に興味津々で聞きたがる。まったく、侵略をもくろんで偵察に来たといわんばかりではないか!」

スランドュイルは立ち止まると、両の手をぐっと拳に握りました。「タラガン …… もしあのドワーフ王がこれ以上居座り続けるようなら、いっそ …… 殺してしまった方がよくないか?」

「王よ。それはあまり賢明とはいえません」タラガンは淡々と答えます。「ドワーフ王ナインU世には親族が多いのですよ」

「そうか、タラガン。ではお前が何とかしろ。わが宮殿内で起こることは責任もって対処する、それが侍従長たるお前の役目だ。大体だな、お前はこの状況が問題とは思っとらんのか?」

タラガンが警戒心あらわに王を見上げます。「殿、わたくしに何をしろとおっしゃるのですか? まさか …… ワインに毒を盛れとでも?」

スランドュイルはその金獅子のような頭を後ろにのけぞらせて笑い出しました。「そうではない。だがそれも悪くないな。殺すまでゆかずともちょっと具合が悪くなるぐらい --- ならどうだ?」

「王よ、真面目におっしゃっているとは思えません」

「私は本気かもしれないし、そうではないかもしれない。タラガン、早急にあの忌々しいドワーフどもを追っ払う方法を考えておけよ! でないとお前の王はもうすぐ何かやらかして、のちのち後悔させられる羽目に陥るぞ! それと、もうよい、ケープのひだなどほっとけ! だいたいあの呪われたドワーフ相手に見ばえなど気にしてどうなるというのだ?」

タラガンがふと目をやると、壁の隙間からうろこだらけの生き物が這い出して、岩壁をさっと横切りました。その生き物は長い尾に皮ばった羽を持ち、歯の多い顎をもっていました。「殿、あそこにまた一匹」タラガンが眉をひそめて王に告げました。

その生き物を目にした王は額をぺちんと叩きました。「あぁマンドスの呪いよ、火とかげか? 王宮中に悪臭をまき散らす前に誰か呼んで退治させておけ。それから巣だ。全部見つけて始末しろ。ああヴァラよ、悪疫の大集合だ。ドワーフに火とかげ。まったくどっちの相手がましだろうな? タラガンよ」

王が部屋を後にするとタラガンはため息をつきました。そう、ドワーフに火とかげ。両方とも厄介きわまりない相手でした。王は昔から侍従長であるタラガンに無理難題を押し付けることに飽きることはないようでした。スランドュイルに仕えるようになって何年過ぎたでしょうか? もうとうに千年は経っています。しかしこのエルフ王ときたら、昔からあいもかわらず美しく、豪快で、そして大変に魅力的なのでした。

タラガンは唇に指を乗せしばし考えこみました。ナインを灰色山脈に帰らせるにはまず、どうして彼がここにやってきたのかを知る必要がありそうでした。


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レゴラスは椅子にけだるげに腰掛け、侍女が髪を編もうとするのに、気が乗らない様子で目の前の空間を見ています。

「あいた、ニンデ、引っ張ってるよ」レゴラスが文句を言いました。

「まあそうですか、ここ数週間、王子はずいぶんとご機嫌ななめですわね」ニンデはそう言うと、手に取ったレゴラスの髪をきつく引っ張りました。「私がお側にいるのだってお気づきじゃないかと思いました」

「ごめんよ、ニンデ。ただちょっと ……」

「王がターロを放逐なさってからですわね。理由は存じてます」ニンデはおしゃべりの口を閉じ、器用に編みこみを終え毛先をとめました。

「今のは話題にされると思わなかったな」レゴラスが声を低くしました。

「お忘れですか? わたし、王子のことはよく知ってますもの」ニンデはにっこりしました。「ここ2、3ヶ月、ずっと心配してたんです。突然王がロリアンに警備隊長を送ったのも存じてます。王子が感じ悪くなったのはそれからですわ」

レゴラスは片腕でほっそりとしたニンデの体を引き寄せると、ひざのうえに横向きに座らせました。「ごめんよニンデ。やつあたりするつもりじゃなかったんだ。ただ父さんときたら …… いまだに僕のことを子ども扱いして、森の外に出るのも許してくれない。ずっと武技の稽古ばかりさせておいて、 …… 楽しむための余裕とかは残しておいてくれないんだ」

鈴を鳴らすようにリンデが笑いました。「王子ったら、それはすっきりしたいってことですの? あらまあ、わたしでお助けできるかしら」

「君とならって思うんだけど」レゴラスはニンデに顔を寄せ、やさしく口付けました。ニンデはほぅと息を吐き、瞼を閉じてキスを受けます。ニンデの唇は温かく、柔らかでした。レゴラスはもう片方の腕でニンデの体を引き寄せると、首筋に沿って唇を落としはじめました。

「あらいやだ、私ったら!」ニンデが小さく叫んでレゴラスの腕をほどき、ひざからするりと抜け出します。

「旧い友情を温め直すところじゃなかったのかい?」レゴラスが笑って言いました。

「王子ったら。私はいつでも王子の友人でいたいんです。でもあのときのことは間違い。そのことは王子だってよくご存知のはずでしょう? それに私、ロスロリエンには行きたくありませんもの」ニンデはブラシをしまう引き出しをがたんと閉めました。

レゴラスの表情が険しくなりました。立ち上がって部屋の向こうに歩いていくと、レゴラスは壁に向かって本を投げつけました。ニンデはため息をついて立ち上がり、落ちた本を拾いあげました。

「ふさわしい結婚をするまで、父さんは僕に禁欲しろっていいたいのかな?」レゴラスが続けました。「もううんざりだ。…… 父さんも大嫌い。それに結婚なんて、絶対したくない」

「彼を愛してらしたの?」胸の辺りで本を抱えたニンデの青い眼には、レゴラスへの同情の色が浮かんでいます。

「誰を?」

「タロのこと」

「そう思ってたよ。僕はね」レゴラスは言いました。「タロがもういないなんて本当に最悪な気分だよ。でも今は …… 何だかよくわからない。いままでにない新しいことが起きるような …… そんな気もするんだ」レゴラスは口を閉ざして眉間に手をやりました。「ニンデ、僕はただ退屈してるだけなのかもしれないね。どこか新しい景色を見て、冒険がしたいんだ」

「未来は王子の前に開かれてますわ。そこに何が待ってるか、私たちにはわからないだけ」ニンデはレゴラスの頬に軽くキスすると、くすくすと笑いました。「それに私だって王子とのことは忘れてませんわ。--- ただ、私には今、カリメタールがいますから」

「もしあいつが君にひどいことしたら『旧い友達』がだまっちゃいないよ」レゴラスもにっこりして言いました。王子は大きなため息をつきました。「ああ、もうそろそろ行かなくっちゃ。また父さんと、あのご来賓を迎えての宴会だよ。城の外で星空の下をひとっ走りできたらどんなにいいだろうな」

「私のほうはひとっ走りしてあのドワーフ部屋の掃除を済ませてこないといけないわ。タラガンにお小言をもらうまえにね」ニンデが言います。「さぁ、行ってらっしゃいませ」ニンデがレゴラスの肩をとんとつつきました。「お忘れになってはいけませんよ。誰でもいつも好きなことをして生きていける訳じゃないんです。王子には王子の義務があって、それはわたしも同じです」


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「まことにこの宮殿を飾る彫りの細工は素晴らしい」席のそばにある宴会の間の高い柱を指差し、ナイン王がレゴラスに話しかけました。「こちらなど、古い時代のドワーフの手によるものではありませんか?」

「ええ、父からそう聞いています」レゴラスは言いました。「私はまだこの世にいなかったのですよ」レゴラスはあくびをかみ殺しました。

「わたくしも史実として聞き及んだことしかありませんでした」ナイン王が言います。「レゴラス殿、--- 実はわたくし、父君のこの栄誉を讃えて歌を作ってみたのですが、どうでしょう、父君にお聞かせしたら喜んでくださるだろうか?」

長い宴席の向こうの端を見やれば、父は兄フェレディアとその妻に冗談をとばし楽しそうにしています。レゴラスは今宵、「外交を学ぶ」という名目で父にナイン王の相手を命じられていたのです。そんな言い訳になどだまされませんでした。レゴラスは父が何とかナインの相手を逃れようとしていることを知っていたのです。タロとの一件以来、義務的なこと以外では父と口もきかないレゴラスに、父王はドワーフ王の相手を押し付けたのでした。

ドワーフ王は真面目な顔をしてレゴラスの答えを待っています。

「ええ、父はとっても喜ぶと思いますよ。歌なら晩餐のあとにでもいかがですか?」レゴラスは内心浮かぶ笑みを抑えられませんでした。

「ああ王子、お父君はまことに素晴らしい方だ」ナイン王が言いました。「正直なところあの父君を好きになれるなどとは、まったく思いもよりませんでした。父君はその …… 噂ではあるものの、変わり者との評判でしたからな。けれどあの方にお会いしてからというもの、私はすっかり感服させられてしてしまいました。実に力強く、情熱的なお方だ」レゴラスはびっくりしてドワーフ王を見つめました。ドワーフ王からは恋のため息らしきものさえ聞こえました。レゴラスは唇を横一文字に結び、こみ上げる笑いを抑えました。これなら十分、父は報いを受けそうでした。

「お聞きになられた噂は当たっていると思います。父は実際 …… 変わり者ですからね」レゴラスは言いました。「父のようなエルフは他に見たことも聞いたこともありません」

「王子、貴方は父君に似なさったようだ。ご容貌は特にね」

「よく言われます」レゴラスは答えました。「お褒めいただきありがとうございます」

ナイン王が手を伸ばしてレゴラスの髪に触れ、あろうことか指で髪を撫ではじめました。「この髪色は我々のあいだでは大変貴重なもの。金の色 …… それはドワーフの欲望を表す色なのです」

ドワーフ王の顔は赤く染まっていました。承諾もなしに髪に触れるなんて、ナインのこの無作法にレゴラスはびっくりしてしまいました。きっと酔っているのでしょう。王子はこほんと咳き込むふりをし、ドワーフ王の手から逃れました。

そのとき、入り口のあたりでざわめきが起こりました。

宴会の間に入ってきたエルフたちの姿に、一同の目がいっせいに注がれました。やってきた警備兵は両手を後ろで縛られた2人の黒髪のエルフを連れています。レゴラスは興味を引かれ、もっとよく見ようと椅子から身を乗り出しました。レゴラスは胸が高鳴りました。2人とも実に美しいだけでなく、たがいを鏡で写したようにそっくりなのです。柔らかそうな長い黒髪、整った面差し、それに形よいふっくらとした唇。ひとりは右、もうひとりは左耳に、きらきらと輝く小さなダイアモンドをつけています。しかしなんといっても一番に王子を魅了したのは2人のその、狼のように鋭い灰色の双眸でした。

2人はなにやらひどい目に会ってきた模様でした。衣服は汚れてしわだらけ、髪はばさばさです。ひとりは長袖のチュニックに鎖帷子、帷子用の上掛けを着ていました。しかしもうひとりときたら、身に着けているのはレギンスにコートとブーツだけ。彼が動くと上着の下からちらちらと白い肌が覗きます。いつしかレゴラスの目は、その垣間見える白い肌に釘付けとなりました。

「スランドュイル王、この2名を数マイル離れた場所で捕らえました。一刻も早く王にお目通りをと申しております」警備隊のひとりが告げました。

双子は一同を見回すと、スランドュイル王に向かって丁寧に上体を折り、頭を下げました。

「スランドュイル王よ」ひとりが歌うような声で言葉をつむぎました。「イムラドリスよりご挨拶を申し上げます」

スランドュイルは席を立ち、冷ややかな笑みを浮かべて2人に近づきました。「これはこれは。驚いたな! エルラダンとエルロヒア、エルロンド・ペレジル(半エルフ)の悪名高き、双子の息子たち」スランドュイルは長いケープの裾をはらうと、双子の片われのあらわな胸元をじろりと見やりました。「イムラドリスでは最近こういうのが流行りなのか?」

「なんとも不具合ではございますが」さきほどと同じく豊かな美しい声で、もうひとりが言いました。「このようななりを望んでしてきたわけではないのです。エスガロスで山賊の集団とゆきあってしまいまして。そこから命からがら、身一つで逃れてまいりました」

「チュニックさえ着ずにとはな。文字通り身一つとみえる」スランドュイルが言うと、一同から笑いがさざめきました。「山賊どもといったな。--- その者どもには心当たりがある。最近、国境の森の民たちに非道なまねをする(やから)がおるのだ。そろそろ闇の森でも手を打たねばならんようだな。で、その者たちの非礼に対してはそなたら、しっかりと思い知らせてやったのであろうな?」

「まったくもって十分とは申せません」先に口を開いた方の双子が答えます。

「縄を解いてやるがよい」スランドュイルの合図で警備兵が双子の縄を切りました。2人は手首をさすって、何か言いたげにスランドュイルを見やりました。

「エスガロスには何用で行ったのだ?」スランドュイルがたずねました。

「わたくしどもの父の指令にて、灰色山脈と北の荒れ地の偵察に行っておりました。エスガロスでは食糧の補給をし、そののち闇の森の下、古森街道を通って帰途につくつもりだったのです」最初の双子が答えます。

「そなたは --- エルラダン、か?」スランドュイルが聞きます。

話をしていたペレジルがかくりと頭を垂れました。「覚えていてくださったとは …… 王よ。光栄にございます」

スランドュイルは言いました。「--- 私の記憶によればそなたらは、前回ここに来たとき私の歓迎の恩をあだで返したのだったな。二度とくるなと申したはずだが」

「スランドュイル王よ、その件については心よりお詫びを申し上げます。王のお気持ちを煩わせたなどとは、まったくわたくしどもの意図しないことでした」エルラダンはそう言うと、一呼吸おいてから低い声で付け加えました。「北の荒野ではいくつか発見がございます。この情報は王にとってもご関心が高い筈。イムラドリスに帰る準備を王にご助力いただけるのならば、喜んでお話しさせていただこうと思います」

「そなたらに私と交渉するほどの余裕があるとは思えんがな」スランドュイルはあごをさすってしばし考えました。それからおもむろにナイン王に向き直るとこう問いかけました。「ナインよ、聞いたか? この者達は貴公の国を旅して、聞くに値する情報を得てきたと言っているぞ」

「スランドュイルよ、その情報とやらは貴殿よりも、わたくしとわが民にとって重要なものとなるでしょうな」ナインが答えます。「ぜひお聞きしたい」

「よろしい。そなたらの持ってきた、その情報とやらを聞いてやる。こちらの知っていることと突き合わせよう」スランドュイルが言いました。「ちょうど闇の森でもその方角に偵察隊を出そうと考えていたところだ」王は2人をじろじろと見ながら、双子たちのまわりをぐるりと歩きました。

エルロンドの息子たちが前回ここに来たとき、レゴラスはまだ20代後半、ほんの子どもでした。だから当時の2人のことはほとんど記憶にありません。しかし彼らの話を耳にしたことはありました。この双子たちは芸術と学問に優れ、ともに秀でた戦士でありながら、不思議なくらい互いのそばを離れない、噂ではそう伝えていました。また、この2人は純粋なエルフの血統でないにもかかわらず、エルフの間でもとびきり美しいとも言われていました。2人の現実の美しさは想像をはるかに超えている、レゴラスはそう思いました。

けれどもいま気になったのは別のことでした。この2人は自信にあふれ、まるで楽しそうにさえ見えるのです。その態度は、王に助けを請うているにしてはずいぶんと不遜なものでした。お辞儀の角度も決して低くありません。あのような身なりでも気おくれせずに、2人は父王にまっすぐ視線を返しています。こんな状況でも互いの立場は対等だ、といわんばかりでした。今まで自分の父を怖がらない者になど出会ったことのないレゴラスとしては、好奇心はかきたてられるばかりでした。どうしてこの2人は以前、父の怒りをかったのだろう? 父の性格をよく知っているレゴラスとしては、父の怒りだす原因ならいくつでも考えつくのでした。

「そなたらに私が過去の過ちを許せない狭量な王だとは言わせんぞ」双子に向かって王が言いました。「そなたらの父とは関係強化のいい時期だ。この世界は変化している。それも悪い方向にな」

スランドュイルが白い歯を見せにっこりと笑うと、レゴラスでさえ自分の父が魅力的なエルフであると認めざるを得ないのでした。

「記憶によるとそなたら、剣の腕前はなかなかのものだったな」スランドュイルは抜け目なく言葉をつむぎました。「ナイン王はエルフの武芸に大変興味をお持ちなのだ。ここに滞在を望むなら、ぜひそなたらの演武でナイン王をもてなすがよい」

「仰せのままに、スランドュイル王」エルラダンが言いました。

「なんなりと、お申し付けください」そう言うのは胸をはだけたエルフ、これはエルロヒアに違いありません。

「闇の森にも武芸に秀でた者がいる」スランドュイルが言います。「わが息子たち、2人の腕前も悪くない」彼は振り返ると、ドワーフ王に話しかけました。「どうだナイン、面白い試合となりそうではないか? エルロンドの息子、対スランドュイルの息子だ」

「それはじつに楽しみですな」ナインはそう言って、席から立ち上がりお辞儀しました。

「そなたらの来訪は運のめぐり合わせかもしれん」スランドュイルが続けました。「さて、そなたら試合のまえには身ざっぱりとしたいところだろう。食事と休憩も必要とみえる。試合は明日にしてやるぞ」

「それは大変ありがたい」エルラダンが言いました。エルロヒアはほっとしたように肩を下ろしました。

「タラガン」スランドュイルが言います。「部屋となにか着るものを用意してやれ。特にこっちのほう」スランドュイルがエルロヒアを指差しました。

「スランドュイル王よ、イムラドリスは闇の森に借りができました」エルラダンが言います。今度は双子も深々と頭を下げました。

「かまわん。当然のことだ」タラガンが席を立ちました。スランドュイルは早く行けと言わんばかりに目の前で手をひらひらさせ、2人に退出の許可を与えました。

レゴラスは視界の隅にエルロヒアを感じました。ふとエルロヒアのほうを見たレゴラスに、エルロヒアはぱちんとウィンクを送りました。レゴラスはぎゅっと胸を内側から掴まれたような心地がしました。一瞬のことで、レゴラスは本当に今エルロヒアが自分にウィンクしたのかどうかさえ定かではありません。レゴラスがもう一度双子たちをよく見ようと目をこらすと、2人は既に背を向けて宴の間を出るところでした。

なんて失礼な! そうレゴラスは思いました。あの2人なら父に追放されたのもうなずけます。でもこの2人のエルフは王子の好奇心にもうすっかり火を点けてしまいました。

「失礼してよろしいでしょうか?」レゴラスはナインにそう告げると、席から立ちました。

ナインも立ち上がりレゴラスにお辞儀をすると、毛皮のように豊かなナインの黒ひげはするりと卓を撫でました。「王子よ、明日の試合は楽しみにしておりますぞ」レゴラスにそう告げるとナイン王はスランドュイルに向かって大きな声で語りだしました。「親愛なる善き王よ、今宵もまたすばらしき晩餐でもてなしていただいた。僭越ながら、ここで私から感謝の意を捧げたい」

ナインが腹に手を置き、横に唇がひくりと動いたその瞬間、ものすごいげっぷの音が宴会の間に響きわたりました。連れのドワーフたちもひとり残らず、ウシガエルの輪唱のように唱和します。

あまりのことにスランドュイルは身をよじらせました。

ナインはあたりを見まわすと満足げにふむ、とうなずきました。「この素晴らしい宮殿の建築を讃えて、わたしは歌を詠んでまいりました。歓待の返礼にここで一曲、披露させていただきましょう」

父王の顔が一瞬ひきつりました。レゴラスは必死で笑いをこらえると、手で口を押さえながら急いで宴の間を後にしました。






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