Unwilling Consort
Part 1
エルラダンとエルロヒアは、この誘拐計画を準備するのにもう、何週間も費やしていた。
どんな不測の事態にも対応できるよう、得られるかぎりの情報をすべて入手し、
2人は綿密に時間をかけ、この計画を練り上げていた。
この闇の森の王子をさらう計画に、2人の父親も渋々ながら、祝福を与えていた。
エルロンド卿にしてみれば、自分の息子たちが死の危険を冒してまで敵との国境に赴き、
この計画を実行するなどとは承服しかねるものだった。
しかし双子たちの段取りは完璧で、興奮した面持ちの2人がそろって説得を続けると、
卿も承諾せざるを得なかった。
エルロンド自身、この麗しいと評判の闇の森のエルフに興味がなかったといえば嘘になる。
なので息子たちが熱くなる心情は、理解できないものでもなかったのである。
双子の計画により完璧を期すため、グロールフィンデルが参加を要請された。
万が一2人が見つかり敵に追われた場合のことを考え、グロールフィンデルは避け谷と闇の森の中間地点で待機、
他の兵士数名と2人をバックアップするのである。
闇の森の国境は守りが固く、おいそれと入り込める場所ではなかった。しかし2人が目指すのは森の奥深くではなく、警備のゆるい、ある静かな場所だった。
2人が探すその泉は簡単には見つけることができなかった。
手がかりは闇の森に潜ませた間諜の情報のみ、それだけが頼りにもかかわらず、
ついに双子たちはその泉を探し当てた。
それでもその泉のある空間が目の前に開けると、
2人はどうしてここがあの若い王子のお気に入りの場所なのかすぐに納得した。
その小さな泉はさほど深くはないが、水晶のような透き通った水をこんこんと湛えている。
2人の立つ向こう側には清らかな水の流れ落ちる小さな滝。
滝のすぐ横には大きな丸い岩がいくつも並んでいて、そこに座ればちょうど滝から流れ落ちる水しぶきも浴びられる。
大木と背の低い潅木にぐるりと囲まれ、よい具合に外界から遮断されたその空間を見上げれば、昼はさんさんと降り注ぐ陽光、夜は星月の光を存分に楽しめる空が頭上に広がっていた。
2人はエルロヒアの案で木と大岩の隙間に身を隠し、日暮れ頃に現れるであろう獲物を待つことにした。捕まえたら戦利品とともにすぐに避け谷へと舞い戻る手はずである。
息を潜めて2人は待った。
間諜の情報によれば、スランドュイル王の3人の御子の末息子、
緑葉の王子レゴラスはもうすぐ成人の儀を迎えることになっている。
準備のことなどなにかと気忙しいこのひと月の間、
王子が息抜きのためこのちいさな泉に水浴びに通うのは間違いなかった。
この秘密の隠れ家を知るのは自分だけ、王子はそう思っていた。
山々の向こうに太陽が沈むにつれ、闇に森が馴染んでいく。
やがて双子の耳が軽い足取りですたすたとやってくる誰かの足音を捉える。
獲物はなんの危険も察していない。双子の狙い通りだった。
レゴラスは泉の空間に足を踏み入れた。
けれどもそのとき、王子は2組の眼が自分の動きすべてを喰い入るように見つめていたなど、
これっぽっちも気づいていなかった。
双子はといえば、レゴラスの彫刻のような姿形、絹のような金の髪にすっかり眼を奪われていた。
耳上の2本の編み込みがレゴラスのこの国での地位を表している。
2人は獲物を見つけた獣のように、無言のままにやりと笑い、改めてこの王子をさらう計画は間違いではなかったとほくそ笑んだ。
若いエルフがすべての服を脱ぎその裸身をあらわにすると、思わず2人は感嘆に声をあげそうになった。傷ひとつない滑らかな肌、引き締まった筋肉は息を呑むような美しさだった。さらさらとした金髪の輝きとあいまって、内側から光を放つようなこの王子の麗しさはまるでこの世のものとは思えないほどだった。
レゴラスはそろそろと泉にいき、やがて全身を水のなかに沈めていった。双子は岸辺の岩の後ろに身を潜め、エルラダンは濡れた布きれを手にしている。2人が身を低くした。地べたに顔がつくほど体を伏せ、体中の筋肉を緊張させる。いつでも飛びかかれるように2人は身構えた。
レゴラスが水面に顔を出すやいなや、黒髪のエルフ2人が飛びかかった。
レゴラスは2人のほうに顔を向けていたものの、
顔から流れ落ちる水滴を楽しもうと目を閉じていて前方に注意を払っていなかった。
2人はレゴラスの髪と腕をつかんで、驚いた王子を泉の脇の地面にひきずり倒した。
あっという間のできごとに、王子は驚くばかりで抵抗するのも忘れていた。
国境を越えてこんなところにまで入り込む敵などいるわけがない、そう思い込んでいたレゴラスは、
この不意打ちになすすべもなかった。一瞬の戸惑いが若い王子にとっては致命的となった。
体重の軽いエルフの上にすぐさまエルロヒアが乗り、両手を頭の上で拘束する。
と、口と鼻をふさぐようにエルラダンが濡れた布を押し当てた。
レゴラスは身をよじり激しく抵抗して何とか逃げようと試みた。
が、相手は同じエルフ、それも自分より明らかに腕力のある敵2人にはとてもかなわなかった。
顔に押し付けられた布のせいで助けを呼ぶこともできない。
やがてレゴラスは急に不自然な眠気に襲われた。
王子はそのときはじめてこの2人が自分を薬で眠らせようとしていることに気がついた。
四肢の感覚が鈍り、意のままに動かせなかった。数秒後、レゴラスの視界は暗闇で覆われた。
BACK / NEXT
/ TOP